ここ数年来感じている事のひとつに沖縄の風景が偏った建築群によって占められた街に成りつつあるということである。
歴史や地域性といった風土的なことにとらわれすぎて存在形式が同じ方向性を帯び、安易にワンパターン化した表現になりすぎている。
特に公共建築での表現手段として赤瓦を利用した建築(風景)が多く見られ公的コンペにも暗黙の内に赤瓦を取り入れなければ当選しないような空気が漂っている。本当にナンセンスな事で、芸術的でないように思う。 |
ムッソリーニは、「建築は国家の芸術だ」と言った。建築は文化の象徴、経済のバロメーターだと言われる。建築、街を創って行く者達がもう一度原点に返り、建築、街を造形して行かなければならないと考える。
沖縄が琉球と呼ばれていた頃、中国やアジア諸国、世界の国々とかかわりを持っていたことに思いをはせれば、かつてこの邦の人達は言語や文化の違い等を越え、その全てを受け入れる寛容性を持ち、独自の混合(ちゃんぷるー)文化を築いてきたのではなかったか…。 |
私が沖縄の建築を考えるとき、この「多様性のある風土」がキーワードであり目指すアート(建築)である。クラシック(伝統)も、モダン、アバンギャルドも未来的なことさえも、区別 することなく貪欲に吸収しクライアントの価値観に応じて、造る側より使う 側に軸を置くことを大事にし、多様な方向性を持った建築(アート)をデザイン、表現していきたい。
建物は、決して孤立しているのでなく、建物の為の全てのデザインは同時に都市開発のプロジェクトなのである。
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