建築は人を自然や文化へと導く

私の願い、夢

 ここ数年来感じている事のひとつに沖縄の風景が偏った建築群によって占められた街に成りつつあるということである。
 歴史や地域性といった風土的なことにとらわれすぎて存在形式が同じ方向性を帯び、安易にワンパターン化した表現になりすぎている。

 特に公共建築での表現手段として赤瓦を利用した建築(風景)が多く見られ公的コンペにも暗黙の内に赤瓦を取り入れなければ当選しないような空気が漂っている。本当にナンセンスな事で、芸術的でないように思う。

 ムッソリーニは、「建築は国家の芸術だ」と言った。建築は文化の象徴、経済のバロメーターだと言われる。建築、街を創って行く者達がもう一度原点に返り、建築、街を造形して行かなければならないと考える。

 沖縄が琉球と呼ばれていた頃、中国やアジア諸国、世界の国々とかかわりを持っていたことに思いをはせれば、かつてこの邦の人達は言語や文化の違い等を越え、その全てを受け入れる寛容性を持ち、独自の混合(ちゃんぷるー)文化を築いてきたのではなかったか…。

 私が沖縄の建築を考えるとき、この「多様性のある風土」がキーワードであり目指すアート(建築)である。クラシック(伝統)も、モダン、アバンギャルドも未来的なことさえも、区別 することなく貪欲に吸収しクライアントの価値観に応じて、造る側より使う 側に軸を置くことを大事にし、多様な方向性を持った建築(アート)をデザイン、表現していきたい。

 建物は、決して孤立しているのでなく、建物の為の全てのデザインは同時に都市開発のプロジェクトなのである。 建物は、環境とリンクする事のない孤立したものと考えられがちだが決してそうではなく建物は環境による結果 であって最終的には環境に変化を及ぼすのである。

 これから沖縄は、21世紀に向けFTZ、米軍基地返還に伴う跡地利用に依る街づくりという大きなイベントがあります。沖縄は、他府県の建築関係者から高く評価され、建築学会賞、建設業協会賞等を受賞した建築家もおり才能ある若い建築家も育ってきている。建築一つ一つを見るとアート的であるが街全体を見ると街が生きてない、つまらない街である。

 街づくりを考えるには、やはり個人単位 では実現出来ず都市計画家、建築家、行政がスクラムを組んで真剣に取り組んで行かなければならない。これまで三者が一つのテーブルに着かずにいたのではと考える。

 決して“赤瓦を使うな”ではなく、過去の残像を取り去るのでもなく、他にも沢山の表現方法があると言うことである。勿論風土と対決しないでむしろ寄り添い、伝統的な構法や素材を今日に適用させ、これからの沖縄の新しい形態、街にして行く事が必要であると考える。建築は、創られたままの形で何年も何十年も事によると何百年も残るのだから……。

 今、世界は情報とエコロジーという新しい時代へと変化し、自然資源を無視することのできない時代となった。環境の問題や健康の問題、現代社会の抱える課題が山積しています。それら共通 の問題を我々建築に携わる者がもっと意識を持ち、これからの地球環境の為に何が出来るのかを真剣に考えていかなければならないと思います。

 最後に21世紀に向け沖縄独自の歴史や地域性などを生かした活気ある街づくり、新しい創造性のある結果 を創り出すことが私の願いであり夢である。

2000.7.1 主宰 門口安則

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