環境と建築の関係

 ここに紹介するのは実現の機会を得ぬまま終わったある宗教施設=教会のプロジェクト案である。そこには膨大なエネルギーが費やされた、私達の血と汗の結晶があった。 結局我々の案はコンペを通らなかったが、これが実現できなかったのは、残念でならない。教会の目的だと考えられる「礼拝」「教えを習う」「祈り」をどう建築に取り入れるかを最大のテーマとし、更に沖縄の風土に溶け込み、沖縄のカルチャーを活かした人々の為の教会である事を表現し提案したのだが。 結果、実際にコンペに採用された作品を見て、愕然とした。プロテスタントの教会にしては余りにも装飾が多く、本来あるべき姿からは程遠い案に見えた。本当にこれが沖縄に建つプロテスタントの教会なのだろうか?そう思わずにはいられなかった。

 しかし後に、コンペ決定までには紆余曲折があり(実際コンペ案の決定までに約一年かかった)、牧師さんと審査員の何人かは少なからず我々の案に理解を示し、応援してくれたと聞いた。

 建築は、歴史を真摯に踏まえ、未来を築いていくものだと思う。単に材料や意匠だけで建てるわけにはいかない。 また、その住人や利用者だけでなく、例え通りすがりに観る人であっても、互いに影響を与えあい、環境を形成していくものだと考える。環境や文化、そして歴史、関連する事象全てに配慮する必要があるといっても決して大げさではない。そういった我々の考え方を理解して貰いたく、1通の手紙を牧師様に宛てた。それをここで紹介したい 。




拝啓

 牧師様、ご無沙汰しております。

 お話しがしたく先週、何度か電話を差し上げたのですが連絡が取れませんので、手紙を差し上げます。

 今回、貴教会の設計コンペに参加しましたが、その後、待てども、一向に合否の返事がなく困っております。 今回のコンペに際してはスタッフ一同、誠心誠意努力し、このプロジェクトを勝ち取り、実現することを心待ちにして参りました。しかし、その後合否の連絡もなく、私としても静観をしてきましたが、このままではいけないと思いこの手紙に至っています。 今も着工がなされてないことや、正式な断りがないことから考えるに、まだ最終の決定に至らずにいるのでしょうか?。明確な理由や現況説明を希望致します。ここで弊社についての説明をさせていただきたく思います。

 私がアトリエ門口を開設し7年が経ちました。当初は、専用住宅の設計が殆どで、これまで60数棟が完了しました。 昨年からは住宅だけではなく、金武町での琉球リハビリテーション学院専用寮(総工費:5億円)や、天久新都心のUビル(共同住宅、総工費:2億円)、浦添市の共同住宅(総工費:2億円)とビッグプロジェクトも進行しています

 組織としても昨年の11月に(有)アトリエ・門口として法人化致しました。 しかしまだ歴史も短く、スタッフも若く他の設計事務所と比べ不安を抱く部分もあるかもしれませんけれども、社歴だけでは、建築の評価は判断できないと思います。若いスタッフだからこそ、フットワークも軽く、既成観念にとらわれない感性や創造性が豊かに泉の如く生まれてくるのだと思います。

 私達はプロテスタント教会のスタディとして、形骸化したカトリックに対抗する宗教改革の教派で、建築的には、派手な装飾のない空間を志向するものと捉えました。 今回提案した教会は、地域に根ざした地域の為の施設、人々の出会いと交流の舞台を創り出す教会、沖縄に建ち、土地の性格に応じた教会です。華奢で華麗な教会を創るのではなく、品のある教会でありたいと考えています。

 私達が提案したプランでアプローチの斜めの壁が選考委員の議論の対象になっているとの事でしたが、あれはデザインありきでなく、この次元にない傾斜を創ることによって、平衡感覚を失ってしまいそうな、ある一定の緊張感を与え、礼拝堂に辿りつくまでに心の準備を与える「場」と考えたからです。

 建築は、文化の象徴であり、建築は街を創っていきます。
 人々が信仰心を持ち祈りを捧げに来る、更に地域文化に発信していく拠点を併せ持つ教会であって欲しいと思います。

 私はプロテスタントではないものの、宗教的空間を作ることについての建築の力を固く信じています。 日本を代表する教会建築家の一人、今井兼次さんがこんな事を言っています。“信仰は深いが音痴の人の歌う聖歌よりも、信仰はなくとも優れたプロの歌手が歌う聖歌の方が耳にはずっと良い”と。

 彼は、洗練された歌手の聖歌の方が人々の魂に語りかけ慰撫する力が大きいと言いたかったのだと思います。建物も同じです。
 建物は、決して孤立しているのではなく、建物の為のすべてのデザインは、同時に都市開発のプロジェクトなのです。 建物は、環境とリンクすることのない孤立したものと考えられがちですか、建物は環境による結果であって最終的には環境に変化を及ぼすものです。

 つらつらと思うに任せて書いてしまいました。後は、牧師様のアクションを待つしかありません。ご連絡をお待ちしております。

敬具

2002.04.14 門口安則





 結局私たちの想いが届くことは無かったが、時と場所を変えて実現できないものか?
 ■今回提出したプラン→LIBRARYページ「ある教会への提案 2002」

2002.9.1 門口安則

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